好きなんだねって何も知らないくせに

9月4日(月)

労働が辛い。ビール必須。お弁当作りがないのが救い。

 

9月5日(火)

昨晩から土の上でひっくり返って戻れなくなっていたり明らかに様子がおかしかったカブちゃん。朝見たら動かなくなっていた。掴んで触ってみても全く動かない。ついに来たかという感じ。死の予感はしていたから驚かなかった。死ぬ前からそうだったが持ち上げると軽い。身体の水分が抜けてしまうのだろうか。何本か取れてしまってない脚。朝起きたサイにも見てもらい、やはり死んでいるということで意見一致。サイは残念そうにしていたが、泣いたり殊更悲しんでいるようではなかった。実感がないのかもしれない。前にネットで見たとおり死骸をさっとティッシュでくるむ。ちょうど生ごみの日だったし放置してハエがわくのが嫌だったので、死骸をケース内の木枝やゼリーと一緒にゴミ袋の中に入れた。弔う時間があまりなかった。

帰宅後、家にいつもカサコソ動いていたカブちゃんの気配が突然なくなったのが寂しかった。夜中に動き回って猫みたいにミーミー鳴いていたのを思い出す。やっぱり私には生物は飼えないかもしれない。ぬいぐるみはずっと側にいてくれる。でも動かない。それをわかった上でぬいぐりみをつい側に置き、一緒に眠ってしまう。

 

9月6日(水)

スシロー。毎週木曜日に行っていたのが最近水曜日に前倒しされがち。帰宅すると新学期が始まったからか、それまで一緒にいた祖父(私の父)の態度が気に食なかったか、幼児のように機嫌が悪かったので明日は早く帰ろうと思った。父は自分が子どもの頃、平日家にいた記憶がなく勉強を教えたり子育てした経験がほぼないのできっとやり方がわからない。年老いて初めてやるには限度がある。刺激にはなっていると思う。

 

9月7日(木)

サイに朝「今日早く帰れたらポイントゲットだよ」と言われた。「うんわかった、ポイント集めたらどうなるの?」と聞くと「ええとね、良いところにいけるよ」と返ってきた。ユニバでもポケモンセンターでもなく良いところ。どことはっきり言わなかったのが何だかよかった。それぞれの天国ってことか。

約束通り早く帰ってTTFCでキングオージャーの過去回を観る。サイは繰り返し観ている。

 

9月8日(金)

チケットを買わずにずっと後悔していた大森さんのツアー岡山公演のチケットを幸運にも行けなくなった友人に譲ってもらえることになった。ただ両親を説得するのがなかなか大変だった。自分が不在にしている間サイを見てもらう必要があるので、こんな歳になってもライブへ行くのにもどこへ行くのにも有休以外は毎回両親の許可がいる。悲しい。私には夫など子どもを一緒に育てる家族が他にいないからこればかりは仕方がない。自分が選んだ道だ。父とは普段一切会話をしないので、LINEで母に行きたい旨を伝えたら案の定最初は渋っていた。母は年齢的なものもあり体力があまりないのと変化が極度に苦手で毎日判を押したような生活がしたいタイプ(私と正反対)なので、イレギュラーな日にサイを見てもらう場合いつもすごくお願いしないといけない。何度もやり取りし、「人生で何度か訪れる絶対に行きたい時」「どうせいつか死ぬのだからどうしても行かせてほしい」などと送ったら最後は返って来なくなった。返って来ない時は了解という意。

サイが生まれる前はあんなに自由で当たり前だった、一人でどこかに行くという行為が今や簡単ではないから、行ける時は気軽な気持ちなどではなく全身全霊を尽くす。前に、同じようにあまり一人の時間が取れない知人が一人の時間を獲得した時は食事の時間や歩く時間さえ惜しいと言っており、ものすごく共感した。一人の時は一秒でも無駄にできないから早歩きだ。

行き方を調べたり慌ただしく準備。知らない土地では食も楽しみたいから行きたいパフェ屋さんに予約の電話。帰りに新幹線の往復チケットを購入。こういう時だけ完璧に動ける自分に驚く。

 

9月9日(土)

休日参観。サイは休みなのになぜ学校へ行く必要があるのかと不機嫌だった。「ママだけ学校行っていいよ」だって。なんとか説得し学校へ送り出す。私はさっと家事をして参観時間である2限目から行った。道徳の授業。自分の小学校時代の記憶ではなぜか道徳の授業が一番記憶に残っている。今日は、他者へ接する態度について考える授業だった。簡単に記すとAが図書館で借りた本をBCDも借りたくてどうお願いするのが正しいかという問い。Bは「おれにも貸せ、早く貸せ」とジャイアンタイプ。Cは「あの~その…」とうまく言葉にできない。Dは「Aさんはその本が好きなんだね。私もその本読んでみたいから貸してくれない?」とはっきり。それぞれがどういう気持ちで発言したかそれによって言われたAはどういう気持ちになるか考えさせる授業。教育指導的にも社会的にもBCがダメでDが正解なのだろうが、私はDが一番怖かった。だってDみたいに言われたら貸すしか選択肢がないから。問答無用の圧力。「好きなんだね」って何も知らないくせに。ということを手を挙げて言いたかったが私には挙手権がない。子どもたちの誰もDのおかしさについて疑問を持たないのが気になった。学校教育のこういうところが嫌いだ。Cが一番控えめなのに、良くないと言われて悲しかった。BCDの問題だけでなく、Aが相手の発言をどう受け取るかどう察するかもかなり大事だと思ったのに先生はBCDの対応ばかり話題にする。イライラしていたら最後の最後に先生が思い出したように「Cみたいな子もいるからそういう時は聞いてあげないといけないね」と言った。うーん。サイはどう思っていたのか何も意見しなかった。

3限目は国語で、なぜそれが国語なのかわからないが、無人島に持って行きたい食料衣服以外のものを班ごとに付箋を使ってブラッシュアップしてまとめるというビジネス講座みたいな授業。サイの班はわいわいと楽しそうだった。お通夜のように全く盛り上がっていない班もあった。

保護者とは誰とも話さなかった。話したくなる人もいない。サイの友達の母親に挨拶しようかと思ったが誰だか分からなかった。土曜だからいつもは少ない父親もちらほらいた。ものすごく化粧が濃い人がいてハロウィンで仮装したお化けのようだった。お化けは眼光が鋭く自信満々だった。そしてママ友らしき人とやたらとうるさかった。彼女らは「芸能人みたい~」とお互いの容姿について大きな声で褒め合っていた。そんなわけあるかい。帰り道でその人が子どもと一緒に前を歩いているのを見かけてサイと恐々後ろから歩いていたら同じマンションに住んでいると分かって戦慄した。そういえば見たことがあったかもしれない。

サイと帰宅してどっと疲れたので宅配でマクドを頼みクレヨンしんちゃんの映画を観ながら食べた。今年初月見バーガー。一番豪華なすき焼き月見というのにしたら普通の月見でよかったかもと思った。

 

9月10日(日)

昼から母に来てもらい、大森さんのライブを観に一人で岡山まで出かける。事前にばっちり調べたはずなのに在来線から新幹線への乗り換え時間がなぜか1-2分しかなく猛ダッシュで階段を駆け上がったりしたのがいかにも自分らしくて呆れた。息切れしながら新幹線へ飛び乗る。一人で新幹線に乗るなんて何年ぶりだろう。きっとサイが生まれる前に東京から地元の出産予定の病院へ検診へ行った時だろうか。あの時初めて大森さんを知り、新幹線の中で先輩に借りたCDを聴いたりしていたっけ。約9年前の思い出。などとぼんやり考えていたらあっという間に岡山駅に到着。岡山ってこんなに近いんだな。近いのに遠い。予約していたお店にパフェを食べに行く。予約していたのにオーダーしてから30分以上待たされる。そんなものだろうか。時間に余裕があるわけではなかったので焦る。ぶどうパフェは美味しかった。食べ終わりゆっくりする暇もなく退散。駅に戻り、ライブ後すぐ帰れるように菓子やマスカット等のお土産を買いこみロッカーにぶち込む。岡山の地ビール「独歩」を生ビールを飲むという二つ目の野望があったが、岡山駅で唯一独歩の生ビールが飲める(しかも無濾過のすごいやつ!)とネットで調べたイオンが思った以上に遠そうで諦める。ライブの時間が迫っていたため会場のお寺に向かおうとバス停を彷徨ったが乗るべきバスがどれだかわからない。あんなに調べたのに。印刷した時刻表を握り締めて右往左往していたら地元民らしき子連れのお父さんが「大丈夫ですか」と親切にも声をかけてくれる。行きたい場所を伝えると教えてくれたが何だか違う気がして信じられず、結局バスを諦めて路面電車の駅を探す。地下道を彷徨い、なんとか路面電車の駅らしきものを発見。本当に来るのかと不安になった頃、ちんちんちん…と一両編成の電車がゆっくりやって来た。最寄り駅について寺までダッシュダッシュしてばかり。のんびりぶどうパフェ食べてる場合じゃなかった。会場にようやく到着した頃には入場が始まっていた。セーフ。汗だく。ライブは最高だった。何度も涙した。これまでに行ったライブで一番記憶に残るライブになった気がする。数年ぶりに大森さんの手に触れた。ライブ中ふっと我に返り、日本の岡山という土地のお香の匂いがするとある小さなお寺の中で自分も含めてぎゅうぎゅうになった人たちが大森さんの音楽を聴いているという事実に気づくととても不思議だった。

 

ライブ後余韻に浸る暇もなく路面電車の駅までダッシュ。良いタイミングで暗闇からぬっと猫バスのように現れた路面電車。冷房がよく利いていて汗だくの身には助かった。さっきいた世界、見た光景が全部夢だったように岡山駅まで静かに運ばれていく。でも夢じゃないんだよな。駅まで戻ると新幹線まであと50分ほど。これは…と独歩生ビールを諦められない私は「⇒イオンモール」と書かれた看板を頼りに地下道を早歩きしてみたが、一向にイオンの影も入り口も見えない。歩いても歩いても途方もなく長い地下道が続いていた。蜃気楼だったらどうしよう。知らぬ土地で新幹線に乗り遅れる恐怖に負け、諦める。これで岡山でやり残したことができた。諦めて駅まで戻る途中で突然後ろから知り合いに声をかけられ、伝説の生ビールまで必死に辿り着こうとしたが怖くて諦めたとも言えずまごつく。買おうと思っていた地元の有名寿司は売り切れで、東京のお店の焼き鳥弁当と缶ビールを買い新幹線に乗り込む。こだまの自由席は空いていて、やけにしんとしていた。ライブの記憶を思い返しながらと焼き鳥弁当を缶ビールの独歩と共に一気にかきこむ。思っていた以上にお腹が空いていた。帰宅後深夜まで余韻に浸りながら寝落ち。明日休みでよかった。夢みたいな夢じゃない日、一生忘れない。ヤることリストに独歩の無濾過生ビール追加。

破滅か服従なら邪道を by ギラ

8月28日(月)

どこも今日から登校日らしく今まで人気がなかった道に中学生や小学生。男子中学生は夏休みの宿題だろうか手作りしたらしい木製の棚や椅子を抱えている。何年か経ってこの椅子や棚は粗大ゴミにされるのだろうか。それとも実家に残り続けるだろうか。今は31日まで夏休みではないのだな。中学生を見ていると、8月31日の晩、宿題が終わらなくて泣きながら粘土の寿司を作ったことを思い出した。赤い絵の具でベタベタに塗ったイクラが乾かず外なら乾くだろうと思ったのか真っ暗なベランダに出しながら間に合わない焦りと明日からの新学期への不安が重なって涙が止まらず絶望していた。なぜ寿司を作ろうと思ったのかわからない。寿司ならなんか見栄えがする気がしたのかもしれない。提出後、いくらの粒はどんどん剥がれて取れた。

帰りにライフの2階でカブちゃんの土と餌を探す。最初見つからずもしかして犬猫コーナーにあるかと探したがあるわけもなく。犬猫で4棚分もあるのに虫の棚はないなぁと思ったら申し訳程度に小さなコーナーがあった。夏の終わりだからか虫かごは割引きされていた。カブト虫にも人権を。人じゃないけど。帰宅後、ケースの掃除と餌の補充。カブちゃんはやっぱりあまり元気がない。

 

8月29日(火)

帰宅後、サイとTTFCを観る。サイはジェラミーが好きすぎてジェラミー役の池田さんが映ると「かっこ良い…」と満面の笑みで画面を見つめている。恋かもしれない。寝る前にまた『ドラゴンボール』の話をされたがわからなかった。時間をかけずさっと絵を描いた。本当はもっとじっくり描きたい。さっと描いた絵は愛着も薄い。時間をかけて描いた絵の方が思い入れがある。

 

8月30日(水)

退社後、スシロー。甘えびの唐揚げが美味しそうだな、でもかぼちゃの天ぷらも食べたいななどとタッチパネルを触っていたら間違えてどちらも頼んでしまっていた。しかも甘えびの唐揚げは回ってきた時に取り損ね、もう一周回ってきた時には冷めていた。甘えびに申し訳ないことをしたような気になった。揚げ物を二皿も食べて少し胃がムカムカした。スーパームーンだよとサイが教えてくれた。ポケモンスリープに書いてあるらしい。なんだか体調が悪い気がするのは月が近いせいか気のせいか。

 

9月1日(木)

今日から9月なんて信じられない。スーパーやコンビニでは月末頃から揃って秋限定商品を売り出し消費者の意識を秋モードへシフトしていこうと躍起になっているが、いくら秋の商品を食べたって夏の暑さは続くし夏の怨念も追いかけて来る。夏終わっちゃうのかな、いや新学期や限定商品で夏の終わりという概念に連れて行かれてるだけかも。本当の夏の終わりはそれぞれの中に。何にしろまだビアガーデンに行っていないのだから終われるわけがない。一緒にビアガーデンに行ってくれそうな人が一人も思い浮かばない。悲しい。美味しいから大好きなのに自分と同じくらいの熱量でビールが好きだと言っている人に今まで一度も会ったことがない。

 

9月2日(金)

やっと金曜日。夏休みが終わり辛かった学童の弁当作りもラスト。朝起きられない上に血圧が低いから毎朝台所に立つのがとてもきつかった。

定期を買いにS駅で降りて、ミスドをのぞいたら終わったはずの生フレンチクルーラーがガラスケースにいて嬉しくなった。たまに余った材料で変なドーナツを売っていたり、限定商品の販売期間が曖昧だったり、ミスドフランチャイズはコンビニのように自由なのかもしれないとたまに思うことがある。

 

金曜日の夜サイとポケアニ観ながらビール飲む時間が幸せだ。胸を張って幸せだ満ち足りていると言える瞬間がそれくらいしかない。いや、そんなはずはない。大森さんのライブに行きたい。次のライブ予定が決まっていないから確約された未来のセーブポイントがない。でも次は必ずあると信じている。いつも予約した次シーズンの服が届くのを楽しみに生き伸ばしてきたけど来期で買いたいと思う服があまりない。流行っているからこういうデザインや色にしとけば売れるだろうという販売側の安直さが透けて見えた途端欲しくなくなる。もっと必死に本気で作られた服を買いたい。いつかの番組で思うようにデザインできなくて子どもみたいに泣いていた皆川明さんみたいに。可愛い服ときめく服は全て今の自分の給与では手が届かないほどべらぼうに高い。家計が破産する。生きる理由がほしい。いつかミナのコートがほしい。転職しないと。

 

 

9月3日(土)

ピクサーの映画を観ようと思っていたがサイが乗り気でなかったので、気分転換もかねてサイとA町に行った。A町に行くと美味しそうなご飯屋さんが色々あるのにすき家で食べると決まっている。すき家のとりそぼろ丼にとろけるチーズトッピングがサイの大好物で、これを食べている時以上に美味しそうにしているサイを今まで見たことがない。とろけるチーズトッピングはなぜかキッズメニューにしかないので、キッズメニューが果たしていつまで食べられるか先を考えて不安になるほど好きらしい。小6までかなと言うと「あと何年かしかないのか…その後何を食べたらいいんだろう」と絶望していた。私はいつも牛丼だが、もやもやとした気持ちが晴れなかったので昼から瓶ビールを頼んでしまった。何かつまみになるものをと思って、フライドにんにく60円を牛丼と共に頼んだら感動した。揚げたにんにくが衝撃的に美味しい。しんどくなったらすき家でビールに揚げにんにく、これを世に広めていきたい。もやもやの気持ちはなくなりはしないけど少しだけ減った気がした。本屋でキングオージャーの本を買おうとしたら売り切れで、伊藤潤二の短編集と町田洋の新刊を買った。町田さんの線が好き。サイはゼルダの攻略本を買った。スタバで各々読書。スタバで限定のパンプキンシナモンラテ?を頼んだら不味くはないが特に感動はなく普通の珈琲にすればよかったと少し後悔した。出費。

 

 

9月4日(日)

ガッチャードに出演している錬金術師の女の子が可愛かった。錬金術って何?とサイに何度も聞かれて何となく答えるがうまく回答できない。キングオージャーの新章、面白かった。台詞が毎回とても良い。宇蟲王(字が良い、声が石田さん)という新たな敵に迫られた時の「破滅か服従か道が二つに一つならどちらでもない邪道を選ぶ」と叫んだギラの台詞が最高にかっこよかった。生き方の根底にしたい。高橋さんすごいな。

サイは急いで着替えて友達と公園で待ち合わせしていると言い出かけたが公園に行ったらいなかったらしく、またすぐに戻って来た。宙に浮かんだ遊びたい気持ち。スマホのない約束はなかなか難しい。日差しがきつく日中出かける気がおきず、暗くなってから15分歩いてコープまで行ったら財布を忘れたことに気づいた。絶望。電子マネーも使えないのでカゴの中身を棚に戻し、また家に帰り、再びコープへ。30分も無駄にした。TTFCを観ながら夕食。たらこパスタ。今日はなかなか美味しくできた。夜でもまだ蒸し暑い。

生きることは地獄だ

久しぶりの日記。たぶん新潮日記リレーの影響。

 

8月21日(月)

最近帰るのが早いのでサイに「仕事って何時でも好きな時間に帰っていいの?」と聞かれる。「いや、決まった時間があってその時間を過ぎたら帰ってもいいしまだ仕事が残っていたら居残りするよ」と答えると「ふーん」という感じだった。早く帰れたので湯船に浸かりながら少し続・実験室の配信を観れた。ゲスト登壇されていた大森さんの旧友である研究者のひかるさんがとても聡明な方で興味深い話ばかりだった。旧友と話す大森さん、かわいかった。サイの自由研究仕上げ。色塗りは好きらしい。カブちゃん(カブト虫)の確認。そうなる気がしたが結局私ばかり世話してる。

 

8月22日(火)

終業時刻に雷が鳴り始めたので慌てて定時退社。昨日買って冷やしておいた今年初の秋味。あーやっぱり美味しい。秋味と月見バーガーに出会えたらたぶん秋はすぐそこだ。秋の商品ってどれも赤黄茶色の「わたしは秋ですが何か?」という配色をしている。秋の洗脳。インスタで「秋を迎えに行こう♪」という広告を見かけた。夏は撃ち殺しにいかないとなのに秋って迎えに行けるんだな。季節を迎えに行くという概念。

サイは最近学童で『ドラゴンボール』を読んでいるらしく、面白くて仕方ないらしい。キャラクターやストーリーについて一生懸命教えてくれる。一緒に話したいが小学生の頃友達の家で途中まで読んで終わった上にアニメもほとんど観ていないため中途半端な知識しかないのが悲しい。この際全巻買うか、と軽い気持ちでAmazonを見たら全42巻もありそんなに読み切れるか急に不安になった。そもそも置く場所が。でもまた最初から読みたいなぁ。こちらは一切勧めていないのに我が子が人生で鳥山明に触れる瞬間に立ち会えて親として嬉しかった。『アラレちゃん』だったら10回は読んだからわかるのにな。毎号コロコロも読んでるし元々漫画好きだがサイが何かを面白いと自分から熱く語るのは珍しい。

 

8月23日(水)

寝坊していつもに増して弁当が適当になった。ポークビッツぶちまけ炒飯+ファミマ煮卵。最近夜中に目が覚めて明け方まで眠れないというサイクルを繰り返してしまうため朝全然起きられない。サイが学童に13巻までしか『ドラゴンボール』が置いてないと教えてくれた。それは大変だ。ある巻は全部読んだらしい。「途中で終わって気にならない?」と聞いたら「気になるよ」とのこと。全巻買うか、やっぱり。メルカリでも探してみよう。絶版本や入手困難でない限り漫画や文学作品をメルカリで買うのって作者に失礼な気がしてあまりしたくないのだけれど、鳥山明レベルになると許してくれるかもしれないという都合良い解釈。カブちゃん、食べてはいるがだんだんゼリーの減りが遅くなっていて食欲なさそう。いよいよ寿命か。

 

8月24日(木)

退社後疲れてスシローへ。自分統計上、木曜日にスシローに行きがち。月火水はなんとか踏ん張って木曜あたりで電池切れでスシローに行きたくなる。先週はポケモンコラボに目が眩み隣のくら寿司に浮気した。でもあまり美味しくなく、やっぱスシローだなぁとなった。広告で鶴瓶さんがうまいと言ってるのは嘘じゃないと思う。通い詰めたビール祭りが終わって残念だったがレモンサワーが300円。サーモンマウンテンというサーモンが山盛りの魅力的な限定皿があったのでテンション上がって頼んだら間違えて2皿頼んでいた。美味しかったので無問題。食べたい皿が多いが全部は食べられない。別れた恋人が前に絶賛していたかぼちゃの天ぷらのことを思い出し頼んだらほくほくして美味しくてびっくりした。120円って安すぎ。食べたよって連絡したいと思いつつ送らなかった。ラインの返事がずっと書けていなくて前に遅くてごめんと謝ったらいつでも返したい時で良いからと言ってくれた。喧嘩別れしたわけではないから今も断続的に近況報告や最近読んだ漫画の話をしている。10月に大森さんのライブに行くらしい。私が勧めて初めて聴いてくれて、まだ聴いてくれたりライブに行ってくれるの嬉しい。

 

8月25日(金)

また寝坊して10分で高速弁当作り。冷食ばかりだけど卵焼きは焼くようにしている。急いだわりにはなかなかうまく詰められた。旅行前の荷物と一緒で詰めがうまくいくと嬉しい。辛いお弁当作りもあと少し。毎日弁当作りしている人に勲章をあげたい。すごすぎる。

昼休みにコンビニでのどかさんが掲載されたFRIDAYを買う。FRIDAY初めて買ったかも。大手のグラビア撮影はものすごく良好な環境で進むと聞いたことがあるが、それがよくわかる誌面だった。勝手に余計な心配をしていたが杞憂だった。のどかさんの表情や視線がとても良くてスタイリストさんのことが気になった。私も女の子の写真を撮って写真集を作ってみたい。モデルになって欲しかったあの美しい子、元気かな。やっと給料日。

 

8月26日(土)

午前中夏休みの宿題を片付けて午後から隣町のイオンへギーツ&キングオージャーの映画を観に行く。悠長に来週でもいいかなと思っていたが上映枠が減っていて慌てて。上映直前に空調が故障していたらしく上映ギリギリまで着席できずお詫びのドリンクチケットをもらう。毎回メイキングが観たくて買うDVD付パンフレットが売り切れており残念。あとからネットで買うか。サイは物販でジェラミーのアクスタを欲しそうにしていて「買ってもいいよ」と言うと遠慮したのか「やっぱいいや」と辞めた。物販にちびっ子がいたから恥ずかしかったのかもしれない。映画はいつも通り戦隊→ライダーの順で、最初のキングオージャーがもうめちゃくちゃ良かった。最高。泣いた。劇場で観て大正解。というか30分であの内容が作れるのがすごい。ギラ役の酒井大成さんの演技が観る度にどんどん良くなっている。これまでの戦隊で「生きることは地獄だ」と赤色主役がはっきり言い放った作品は他にあっただろうか。たしかに生きることは地獄だけど死ぬ以外生きるしか選択肢がないこの世界で何のためにヒーローが存在するか、人は何を自分のヒーローにして生きるか。思うことがありすぎるので別に感想を書きたい。ギーツの映画は脚本があまり好きではなかった。子どもたちは笑っていたけど。

 

映画後、久しぶりにはま寿司へ。サイと懐かしいねと言いながら前によく頼んでいたチーズポテトを頼む。この街に住んでいた時、保育園お迎え後疲れて気力がなくてサイと二人ではま寿司へよく行った。あの時はサイの食べる物を率先して頼んだりうどんを取り分けたり自分の食事は落ち着いてできなかったが、あれから3年ほど経ち今やサイが注文してくれたり自分で醤油かけて食べたり二人でちゃんと「食事」ができるようになり成長したなぁと勝手にしみじみした。「頼まなくてもいいの?」とか気を遣って聞かれるようになるなんてね。

 

8月27日(日)

ライダーと戦隊があるから毎週日曜日が救い。ギーツは最終回。面白かったけれどやはりギーツ全体で復唱されてきた「願いは想い続ければいつか叶う」の思想がそもそも無理だったと改めて感じる。願うだけでは叶わない夢もある。宗教や神をモチーフにしたかったのか、キリスト教と日本の神教がごちゃ混ぜになっている感もやや苦手だった。俳優さんの演技は良い。キングオージャーも前編最終話で、こちらは最高だった。ジェラミーとデズラナクの会話。笑ってないジェラミー。光を見て喜び、影となり死んでいった憎しみの王デズラナクに救いはあったのか。正義とは悪とは、罪とは赦しとは、キングオージャーを観る度に考える。

サイが公文で国語の読解問題に苦戦していて「どこに答えが書いてあるかわからない」「意味がわからない」「こんな文章に興味がない」と繰り返すから「必ずどこかに答えが書いてあるからよく読んでみて」「書いた人の気持ちになってみて」と何度言っても投げやりな態度を取り埒が明かない。イライラしてしまう自分が嫌になった。サイは算数や漢字は得意なのに読解が苦手。書き手の感情や文章の行間を読み取るのが苦手なのは自分の教育に問題があるからだろうか。Youtubeの観過ぎなのか。わからない。漫画は好きなのに活字はほとんど読んでくれない。もっと色んな物語や文章を読んでほしいが読みたくないのに強要しても仕方ないしどうすれば。ママ友も夫もいないからこういう時に相談できる人がいない。一人でやるぞと決めたけど時々こうして戸惑う。明日登校日なので持ち物準備など。

昼間にサイが公文をやっている間、私は3時間くらい昼寝したのに夜もまた眠くなる。体力がどんどんなくなっている気がする。お金の次に体力がほしい。ないものばっかり増えていく。地獄で生きるためのヒーローを探さないと。

みどりちゃんとおいしいやつ

9月23日(水)

ぼんやりしていたら9月が終わってしまいそう。愛車みどりちゃんのタイヤが壊れて修理に出したので早起きしてサイと保育園まで頑張って歩く。サイを保育園に送ったらもうくたくただったがいつもよりちょっと早めにホームに着いた。よしよしと思うや否やなんという悲劇か、電車が遅れていた。来るはずの電車が全然来ない。仕方がないのでいつもと違う電車に乗りやや離れた駅から会社まで歩いた。歩いている途中でさすがに疲れてめげそうになる。帰りたかったがなんとか職場に到着。私は偉い、本当に偉い。昼頃、自転車屋から電話がありみどりちゃんの修理に二週間かかると言われる。いやいや二週間なんて絶対に!無理…!一旦は引き下がったが、どう考えても二週間ずっと自転車がない生活は不可能なので自転車屋に再び電話して必死に食い下がる。そうすると「今日できます」と言われる。何事も諦めないことが肝心、ではないがどうしても必要なものに対しては諦めてはいけない。

夜、サイを迎えに行った後二人でみどりちゃんを迎えに行く。数日離れていただけなのに店の隅にぽつんと置かれているのを見ると胸がいっぱいになった。みどりちゃんいつもありがとう。

 

9月27日(日)

午後からひとり親のための教育資金セミナーとやらに参加した。サイは親がセミナーを受講している間に子どもが待つための保育ルームに行くのを嫌がったため私の隣に並んで座って聞いていたが予想通り途中からじっとしていられず機嫌が悪くなる。サイにかまっていたら話がほとんど聞けなかった。他の人の子はみな保育ルームに行っているようだったが、サイは「他の子がいるから嫌だ」と頑として行かなかった。その気持ちもわかるような気がしたから少し苦しくなった。サイは小さい時から人がたくさんいる環境に敏感で嫌がる。結局、質問タイム前の休憩時間に逃げるように退出した。なんだかほっとした。出たかったのは私かもしれない。

約束していたのでメザスタをやりに行く。念願の星6つのディスクをゲットしたサイは大喜びで機嫌を取り戻す。どっと疲れたので駅でマネケンのワッフルとテイクアウトのコーヒーを買って駅前のビルの屋上まで登ってみた。マネケンのワッフルを買うのは多分何十年ぶりだったが、あったかくてふわふわで砂糖がしゃりしゃりして嬉しい気持ちになった。屋上は警備員の女の人以外はぽつぽつ人が来たかと思ったらすぐ出て行き誰もいなくて落ち着いた。風が吹いて空が広くて気持ち良かった。電車が走るのがよく見えた。サイは翌日「なんだっけ?美味しかったやつ。あれ、また食べたいな」と名前をまだ覚えられないワッフルのことを思い出していた。また食べようね。

 

魔法のバジルパスタ

8月24日(月)

朝からお腹が痛くて午後に嫌いな上司に呼び出され気分が悪かった一日。嫌いなのに話していると嫌いという感情を通り越して、この人がこのようにしか生きてこれなかったのは悲劇だと憐れみのような感情が湧く。

作品で唯一未読だった宮崎夏次系『培養肉くん』1・2読了。これはすごい作品。漫画でここまでできるなんて宮崎さんはやはり天才。夜に鳴く虫の種類が変わった。夏の終わりか。

 

8月25日(火)

秋がすぐそこまで来ている気がするのに夏は夏で終わってたまるものか!となかなかしぶとくしがみつき、最後の暑さを発揮している。ジリジリと照りつける太陽が暑い。

サイは夏祭りでもらったゴムでできたトカゲや偽物の宝石を嬉しそうに見せてくれた。昼間いつもと違う園で疲れたのか夜はいつもより早くぱたんと眠った。給料日ということを忘れていた。だんだん日が暮れるのが早くなってきた。

 

8月30日(日)

仮面ライダーゼロワン最終回。一週間前からいよいよラストか…とドキドキしていた。朝食の席でサイとこれまでの展開を振り返りつつ最終回予想。最終回では「仮面ライダーの強さとは力の強さではなく心の強さだ」と或人の父が諭す場面があり、それをきっかけに闇堕ちしていた或人は目が覚める。過去にありそうな台詞といえばそうなのだけど、力の強さが正義としてまかり通るこの社会でかなり胸に響いた。仮面ライダー、やっぱり好きだ。目の前の敵を倒さなくても、自身の溢れる怒りを鎮めずとも、暴れるまま抱き締めることができた時、初めて戦いは終わるのかもしれない。ラストにだけやや違和感。蘇ったイズは元のイズではなかった。過去は戻らない。或人のまた最初からラーニングし直す、という台詞にぞっとした。別れた恋人に再会してもその人は恋人ではない。寂しさを埋めるためか、東映のプロモーションの都合か様々な理由はあるにせよ、中身の初期化された身体だけを無理に再生させるなんて野暮なことはせず、イズはもうこの世界にいないことを或人には受け入れて欲しかったし、視聴者に提示して欲しかった。とはいえ、一年間めちゃくちゃ面白かった。

 

サイと300ピースのパズルを完成させて、糊付けして額に入れた。電気屋でフードプロセッサーを買い、育ちすぎたバジルをようやく収穫してペーストにしてパスタにしたらびっくりするぐらい美味しかった。パスタを普段あまり食べないサイもよく食べた。サイはバジルの瓶詰めを売ればいいね!と商売を持ちかけてきた。バジルペースト屋さんになろうか。たった1ミリほどの小さな種を土に蒔いて水をやり続けたらある日ぽんっと芽が出てそれがみるみる大きくなって最後はこうしてパスタになるなんてまるで手品みたいで愛おしい。自然は魔法。

ぜんぶ暑さのせい

7月16日(木)

サイと回転寿司を食べて帰った。横並びで座りたいと言われたのでテーブル席なのに片側に並んで座った。必然的にレーンに流れてくる寿司を取るのはレーン側に座ったサイの任務となったが、思いのほか注文品が次々と流れてきてサイは忙しくなり二人で笑った。デザートに頼んだ夕張メロンをサイは何度も「スイカ」と言いつつ、美味しそうに平らげていた。

サイが寝たあとに帰りに本屋で買った漫画を2冊読んでいたら寝るのが遅くなった。澤江ポンプ『近所の最果て』と和山やま『女の園の星1』。澤江さんは初めて読んだが好きな感じでどの作品も面白くてわくわくした。タイトルが秀逸。和山さんは『夢中さ、きみに。』が良かったので新作を買ってみた。面白かったが個人的に男子高校生が有耶無耶している前作の方が好きかもしれない。

 

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これ以降日記を全く書いていない。全部暑さのせいだ。体調を崩したりまた復活したり家の中でキラメイジャーダンスを踊っているうちに苦手な夏が終わってしまいそうなので、それはそれで夏に悪いことをしたような気持ち。プールも行ってないしカキ氷も食べていない。ビアガーデンに行かない夏なんて。ビアガーデンに行きたい。生暖かい風を浴びながら冷たいビールを喉に流しこんだら最高だと思いながらベランダに出て缶ビールを飲んだらそんなに悪くなかったけど家の周りが静かすぎて少し寂しくなった。夏はどこ。

残骸

7月5日(日)

近所でサイと簡単なアクアテラリウムを作るワークショップに参加した。当然のように私も参加費を払って申し込んだら子どもがするのをただ側で見守っているだけで参加している親は私の他に誰もいなかった。砂を入れるのがなかなか難しかった。

完成した二つのテラリウムは観光地でテンションが上がってノリで作った、みたいな安っぽいクオリティでそれが気に入った。玄関に並べていたらサイに自分の部屋に飾りたいから辞めてよと言われた。最終的にテレビ台に置かれた。

蝉の鳴き声を今年初めて聞いた。

 

7月6日(月)

生理二日目で朝から体調が悪かった。一刻も早く帰りたかった。雨がたくさん降っていた。

 

7月8日(水)

雨が降る中、蝉の死骸が道に落ちていた。7年間も土の中にいるのに出てきて梅雨なんて蝉も可哀想だと職場の人が言っていてたしかにやっと出て来れた地上がこんな天気なんてうんざりすると思った。どこかの子どもが並べたのか、公園の椅子に蝉の抜け殻が5個くらい並べられていて状態も良かったのでサイのお土産にひとつもらった。

保育園に迎えに行って、サイに良いものがあるよと言って抜け殻をあげたら「良いものってポケモンのおもちゃかと思ったよ」と腐しつつも喜んでいるようだった。抜け殻は洋服のようなもので中身はないと説明したが、蝉がどういう風な姿で土から出てくるのか覚えていないサイにはいまいち理解できないようだった。これは生きているのかと聞かれ生きていないと答えたら、じゃあ偽物なのかと問われた。生きてはいないが人工物ではなく自然のものだと教えるのがなかなか難しかった。フォームチェンジの残骸、と言えばわかりやすかったか。命の残骸。切れ端。