好きなんだねって何も知らないくせに

9月4日(月)

労働が辛い。ビール必須。お弁当作りがないのが救い。

 

9月5日(火)

昨晩から土の上でひっくり返って戻れなくなっていたり明らかに様子がおかしかったカブちゃん。朝見たら動かなくなっていた。掴んで触ってみても全く動かない。ついに来たかという感じ。死の予感はしていたから驚かなかった。死ぬ前からそうだったが持ち上げると軽い。身体の水分が抜けてしまうのだろうか。何本か取れてしまってない脚。朝起きたサイにも見てもらい、やはり死んでいるということで意見一致。サイは残念そうにしていたが、泣いたり殊更悲しんでいるようではなかった。実感がないのかもしれない。前にネットで見たとおり死骸をさっとティッシュでくるむ。ちょうど生ごみの日だったし放置してハエがわくのが嫌だったので、死骸をケース内の木枝やゼリーと一緒にゴミ袋の中に入れた。弔う時間があまりなかった。

帰宅後、家にいつもカサコソ動いていたカブちゃんの気配が突然なくなったのが寂しかった。夜中に動き回って猫みたいにミーミー鳴いていたのを思い出す。やっぱり私には生物は飼えないかもしれない。ぬいぐるみはずっと側にいてくれる。でも動かない。それをわかった上でぬいぐりみをつい側に置き、一緒に眠ってしまう。

 

9月6日(水)

スシロー。毎週木曜日に行っていたのが最近水曜日に前倒しされがち。帰宅すると新学期が始まったからか、それまで一緒にいた祖父(私の父)の態度が気に食なかったか、幼児のように機嫌が悪かったので明日は早く帰ろうと思った。父は自分が子どもの頃、平日家にいた記憶がなく勉強を教えたり子育てした経験がほぼないのできっとやり方がわからない。年老いて初めてやるには限度がある。刺激にはなっていると思う。

 

9月7日(木)

サイに朝「今日早く帰れたらポイントゲットだよ」と言われた。「うんわかった、ポイント集めたらどうなるの?」と聞くと「ええとね、良いところにいけるよ」と返ってきた。ユニバでもポケモンセンターでもなく良いところ。どことはっきり言わなかったのが何だかよかった。それぞれの天国ってことか。

約束通り早く帰ってTTFCでキングオージャーの過去回を観る。サイは繰り返し観ている。

 

9月8日(金)

チケットを買わずにずっと後悔していた大森さんのツアー岡山公演のチケットを幸運にも行けなくなった友人に譲ってもらえることになった。ただ両親を説得するのがなかなか大変だった。自分が不在にしている間サイを見てもらう必要があるので、こんな歳になってもライブへ行くのにもどこへ行くのにも有休以外は毎回両親の許可がいる。悲しい。私には夫など子どもを一緒に育てる家族が他にいないからこればかりは仕方がない。自分が選んだ道だ。父とは普段一切会話をしないので、LINEで母に行きたい旨を伝えたら案の定最初は渋っていた。母は年齢的なものもあり体力があまりないのと変化が極度に苦手で毎日判を押したような生活がしたいタイプ(私と正反対)なので、イレギュラーな日にサイを見てもらう場合いつもすごくお願いしないといけない。何度もやり取りし、「人生で何度か訪れる絶対に行きたい時」「どうせいつか死ぬのだからどうしても行かせてほしい」などと送ったら最後は返って来なくなった。返って来ない時は了解という意。

サイが生まれる前はあんなに自由で当たり前だった、一人でどこかに行くという行為が今や簡単ではないから、行ける時は気軽な気持ちなどではなく全身全霊を尽くす。前に、同じようにあまり一人の時間が取れない知人が一人の時間を獲得した時は食事の時間や歩く時間さえ惜しいと言っており、ものすごく共感した。一人の時は一秒でも無駄にできないから早歩きだ。

行き方を調べたり慌ただしく準備。知らない土地では食も楽しみたいから行きたいパフェ屋さんに予約の電話。帰りに新幹線の往復チケットを購入。こういう時だけ完璧に動ける自分に驚く。

 

9月9日(土)

休日参観。サイは休みなのになぜ学校へ行く必要があるのかと不機嫌だった。「ママだけ学校行っていいよ」だって。なんとか説得し学校へ送り出す。私はさっと家事をして参観時間である2限目から行った。道徳の授業。自分の小学校時代の記憶ではなぜか道徳の授業が一番記憶に残っている。今日は、他者へ接する態度について考える授業だった。簡単に記すとAが図書館で借りた本をBCDも借りたくてどうお願いするのが正しいかという問い。Bは「おれにも貸せ、早く貸せ」とジャイアンタイプ。Cは「あの~その…」とうまく言葉にできない。Dは「Aさんはその本が好きなんだね。私もその本読んでみたいから貸してくれない?」とはっきり。それぞれがどういう気持ちで発言したかそれによって言われたAはどういう気持ちになるか考えさせる授業。教育指導的にも社会的にもBCがダメでDが正解なのだろうが、私はDが一番怖かった。だってDみたいに言われたら貸すしか選択肢がないから。問答無用の圧力。「好きなんだね」って何も知らないくせに。ということを手を挙げて言いたかったが私には挙手権がない。子どもたちの誰もDのおかしさについて疑問を持たないのが気になった。学校教育のこういうところが嫌いだ。Cが一番控えめなのに、良くないと言われて悲しかった。BCDの問題だけでなく、Aが相手の発言をどう受け取るかどう察するかもかなり大事だと思ったのに先生はBCDの対応ばかり話題にする。イライラしていたら最後の最後に先生が思い出したように「Cみたいな子もいるからそういう時は聞いてあげないといけないね」と言った。うーん。サイはどう思っていたのか何も意見しなかった。

3限目は国語で、なぜそれが国語なのかわからないが、無人島に持って行きたい食料衣服以外のものを班ごとに付箋を使ってブラッシュアップしてまとめるというビジネス講座みたいな授業。サイの班はわいわいと楽しそうだった。お通夜のように全く盛り上がっていない班もあった。

保護者とは誰とも話さなかった。話したくなる人もいない。サイの友達の母親に挨拶しようかと思ったが誰だか分からなかった。土曜だからいつもは少ない父親もちらほらいた。ものすごく化粧が濃い人がいてハロウィンで仮装したお化けのようだった。お化けは眼光が鋭く自信満々だった。そしてママ友らしき人とやたらとうるさかった。彼女らは「芸能人みたい~」とお互いの容姿について大きな声で褒め合っていた。そんなわけあるかい。帰り道でその人が子どもと一緒に前を歩いているのを見かけてサイと恐々後ろから歩いていたら同じマンションに住んでいると分かって戦慄した。そういえば見たことがあったかもしれない。

サイと帰宅してどっと疲れたので宅配でマクドを頼みクレヨンしんちゃんの映画を観ながら食べた。今年初月見バーガー。一番豪華なすき焼き月見というのにしたら普通の月見でよかったかもと思った。

 

9月10日(日)

昼から母に来てもらい、大森さんのライブを観に一人で岡山まで出かける。事前にばっちり調べたはずなのに在来線から新幹線への乗り換え時間がなぜか1-2分しかなく猛ダッシュで階段を駆け上がったりしたのがいかにも自分らしくて呆れた。息切れしながら新幹線へ飛び乗る。一人で新幹線に乗るなんて何年ぶりだろう。きっとサイが生まれる前に東京から地元の出産予定の病院へ検診へ行った時だろうか。あの時初めて大森さんを知り、新幹線の中で先輩に借りたCDを聴いたりしていたっけ。約9年前の思い出。などとぼんやり考えていたらあっという間に岡山駅に到着。岡山ってこんなに近いんだな。近いのに遠い。予約していたお店にパフェを食べに行く。予約していたのにオーダーしてから30分以上待たされる。そんなものだろうか。時間に余裕があるわけではなかったので焦る。ぶどうパフェは美味しかった。食べ終わりゆっくりする暇もなく退散。駅に戻り、ライブ後すぐ帰れるように菓子やマスカット等のお土産を買いこみロッカーにぶち込む。岡山の地ビール「独歩」を生ビールを飲むという二つ目の野望があったが、岡山駅で唯一独歩の生ビールが飲める(しかも無濾過のすごいやつ!)とネットで調べたイオンが思った以上に遠そうで諦める。ライブの時間が迫っていたため会場のお寺に向かおうとバス停を彷徨ったが乗るべきバスがどれだかわからない。あんなに調べたのに。印刷した時刻表を握り締めて右往左往していたら地元民らしき子連れのお父さんが「大丈夫ですか」と親切にも声をかけてくれる。行きたい場所を伝えると教えてくれたが何だか違う気がして信じられず、結局バスを諦めて路面電車の駅を探す。地下道を彷徨い、なんとか路面電車の駅らしきものを発見。本当に来るのかと不安になった頃、ちんちんちん…と一両編成の電車がゆっくりやって来た。最寄り駅について寺までダッシュダッシュしてばかり。のんびりぶどうパフェ食べてる場合じゃなかった。会場にようやく到着した頃には入場が始まっていた。セーフ。汗だく。ライブは最高だった。何度も涙した。これまでに行ったライブで一番記憶に残るライブになった気がする。数年ぶりに大森さんの手に触れた。ライブ中ふっと我に返り、日本の岡山という土地のお香の匂いがするとある小さなお寺の中で自分も含めてぎゅうぎゅうになった人たちが大森さんの音楽を聴いているという事実に気づくととても不思議だった。

 

ライブ後余韻に浸る暇もなく路面電車の駅までダッシュ。良いタイミングで暗闇からぬっと猫バスのように現れた路面電車。冷房がよく利いていて汗だくの身には助かった。さっきいた世界、見た光景が全部夢だったように岡山駅まで静かに運ばれていく。でも夢じゃないんだよな。駅まで戻ると新幹線まであと50分ほど。これは…と独歩生ビールを諦められない私は「⇒イオンモール」と書かれた看板を頼りに地下道を早歩きしてみたが、一向にイオンの影も入り口も見えない。歩いても歩いても途方もなく長い地下道が続いていた。蜃気楼だったらどうしよう。知らぬ土地で新幹線に乗り遅れる恐怖に負け、諦める。これで岡山でやり残したことができた。諦めて駅まで戻る途中で突然後ろから知り合いに声をかけられ、伝説の生ビールまで必死に辿り着こうとしたが怖くて諦めたとも言えずまごつく。買おうと思っていた地元の有名寿司は売り切れで、東京のお店の焼き鳥弁当と缶ビールを買い新幹線に乗り込む。こだまの自由席は空いていて、やけにしんとしていた。ライブの記憶を思い返しながらと焼き鳥弁当を缶ビールの独歩と共に一気にかきこむ。思っていた以上にお腹が空いていた。帰宅後深夜まで余韻に浸りながら寝落ち。明日休みでよかった。夢みたいな夢じゃない日、一生忘れない。ヤることリストに独歩の無濾過生ビール追加。